尾車文五郎の墓

かつて存在していた大相撲「尾車部屋」の創設者である尾車文五郎の生まれ故郷に建てられている墓

 昭和62年(1987年)3月23日~令和4年(2022年)2月7日まで存在していた大相撲「尾車部屋」の前身である「尾車部屋」(同名)を創設した力士「尾車文五郎」(最高位:前頭五枚目)の墓です。


 尾車文五郎(本名:小松芳五郎)は、天保12年(1841年)、現在の鳥取市湖山町新田(しんでん)の小松弥一郎の次男として生まれ、16歳で上京し、東京相撲の玉垣部屋に入門しました。四股名を勝山芳蔵(かつやまよしぞう)として、明治3年(1870年)西幕下十両、翌年に入幕を果たし、最高位は前頭五枚目でした。明治10年に37歳で引退し、年寄初代尾車文五郎を襲名して「尾車部屋」を創設しました。明治の横綱・大砲(おおづつ)や大関・荒岩(あらいわ)など有力力士を育て、板垣退助が相談役・後援者につくなどして尾車部屋は繁栄しました。

 明治29年に京都伏見の巡業先で急逝し、部屋に遺骨を安置していましたが、明治31年の3回忌に、三代目尾車文五郎(元大戸平廣吉)らが、文五郎の遺骨とともにタブサやサカヅキを埋めて顕彰碑を建立しました。


 明治10年に創設された「尾車部屋」は徐々に衰退し、昭和15年5月に閉鎖されました。昭和62年に佐渡ヶ嶽部屋の部屋付親方となっていた元大関・琴風が独立して創設しましたが、8代目尾車が令和4年4月に定年を迎えたため、令和4年1月場所終了後に再び部屋が閉鎖されました。



※年寄・尾車という四股名は貞享年間(1684年~1688年)の力士・小車庄三郎からきており、勝山は二代目尾車となります。


基本情報

住所
〒680-0941 鳥取県鳥取市湖山町北1丁目
アクセス
・JR鳥取駅から日ノ丸バスで約26分「鳥商前」下車 徒歩約2分
・JR鳥取大学前駅から徒歩約3分
駐車場
専用駐車場はありません。

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